
男性の性について考える「賢者の時間トーク」vol.1 斉藤章佳×北原みのり「性加害は全男性の問題」(前編)
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世の中には、男性の性を巡るさまざまな神話や疑問があります。なかには、あまりにも偏っている事柄も。
性教育が十分にされているとは言えない日本社会で、男性の性をまじめに考える必要があると考え、ジェンダーとセクシュアリティに向き合い続けている「ラブピースクラブ」代表・北原みのりが、男性の性に関わるさまざまな立場の専門家の方々と、男性の性について語り合っていくシリーズです。
今回は、国内最大規模といわれる依存症専門治療機関「榎本クリニック」に勤める、精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんと対談。加害者臨床から見る、男性の性欲や性加害について語ります。
【目次】
1:性欲には3つの柱がある
2:アダルトコンテンツに性と支配が結びついている
3:無意識に行う間違った対処行動による影響
4:日本の性産業は法規制をするべき状況にある
5:性加害は全男性の問題
1:性欲、3つの柱
北原みのり(以下、北原):性欲を、どのように定義していますか?
斉藤章佳(以下、斉藤):包括的性教育において、性欲の概念は、1.連帯性 2.快楽性 3.生殖性という3つの柱があります。ですが、加害者臨床では、性欲の定義はないんです。性暴力の定義はあっても、性欲の定義はない。それは、性欲のトピックがリスクアセスメント(リスク特定・分析・評価を網羅するプロセス全体)や再犯防止をしていくうえでそれほど重要ではないからです。取材や講演の機会をいただくと、性暴力を性欲のみで語るのはそろそろやめようという話をしているくらいです。
北原:興味深いです。
斉藤:警察の取り調べでは、性犯罪は抑えきれない性欲が暴走したというストーリーが、調書の型として使われ、そのままメディアでリリースされることがあります。犯罪事実を認めている場合、多かれ少なかれ加害者は悪いことをしてしまったという認識を持っていますから、その前提に沿って行われる取り調べに対して迎合的に答えてしまう。そして、その事件についてメディアが同じようなストーリーで報道するため、「性加害は性欲が抑えきれない一部の人たちの犯罪」という認識が社会のなかにできています。実は、かくいう私もその1人でした。
性犯罪の加害者臨床を携わる前の私は、性加害者のイメージとして性欲がコントロールできないモンスターのような人。もう少し言葉を選ばずに話すと、意思が弱い、だらしない人なのかなというイメージがありました。でも、実際クリニックに来院する人は、ほとんどがスーツ姿のサラリーマンです。これまでの生育歴を見ても、なかには18歳未満で遭遇した心的外傷を引き起こす可能性のある体験をした場合や、いわゆる典型的な毒親に育てられたケースも見受けられますが、より多くは日本の平均的な家庭で育ち、大学を卒業している人も多く、結婚もしています。しかも、普段は性欲をきちんとコントロールした生活を送っています。彼らは交番前では絶対に性加害をしない。それは、被害者と場所、状況、時間を選んで性加害をしているということです。
そして、性加害者は自分が行った性加害について、支配や優越、達成、男性としての力を確認する行為、パワー&コントロールなど、多様な表現を用いて語ります。「性欲がコントロールできずにやってしまいました」と話す人はほとんどいません。この実情を現場で目の当たりにした時、「あれ、おかしいぞ。何か違うぞ」と。では、なぜ性犯罪者は、性欲がコントロールできない人たちだという認識が世の中にあるのだろうかと思うようになりました。そして、それと同列で「男は性欲をコントロールできない生き物である」にも、疑問を抱くようになりました。
北原:今のお話しは、女性にとってはリアリティがとてもあります。痴漢をする男性はほぼスーツを着ているのは、多くの女性は実体験として知っていることだと思います。
先生の著書『AV男優・森林原人さんと語る そもそも「性欲」とは何か?』(幻冬舎)の中で、森林さんが支配欲も性欲の1つだと話していましたね。それを読んで絶望的な気持ちになりましたが、今日は、男性の性について考えていきたいです。

2:アダルトコンテンツに性と支配が結びついている
斉藤:全国で包括的性教育の講演を行っている村瀬幸浩先生は、連帯性に支配が入ってくると説明されています。特に、日本はそういうニュアンスが強いと。
クリニックでプログラムを受ける加害経験者は、「僕たちが学んだ性は、すべてAVだった。これまできちんと性教育を受けていなくて、ここのプログラムで初めて学んでいる」と話す人がほとんどです。それは、私自身も含め、今の日本で育った男性すべてに当てはまることだと思います。
AVでは、生殖性の部分はほとんど描かれていません。快楽性はかなり誇張して描かれていますが、ゆがんだ表現も多い。そして、もっとも描かれているのは、連帯性に含まれる支配だと思うんです。AVのなかでは男性が女性を支配するのが基本的なパターンだと考えると、男性の場合、早い人は小学生、平均的には中学生からAVを見て習慣的に自慰行為をし、無意識のうちに刷り込まれていきますので、性に対して支配という価値観が内面化することは十分に予測がつきます。そう考えると、森林さんの性欲の話はフィットする部分もあります。
北原:AVを通して性欲が洗脳されていく面もあるのかもしれませんね。
斉藤:現状、日本では性について最初に触れるのは包括的性教育ではなく、アダルトコンテンツです。自分で情報を選択する力が備わってない段階から、我々の時代だといわゆるエロ本やビデオで、今はパソコンやスマートフォンからアクセスして、すごく刺激的で倒錯的なアダルトコンテンツに触れる。しかも、スマホで「いつでも、どこでも、すぐに」検索することができます。もちろん多くの人はそれが創作物であるというのはわかっていますが、その一方で、「女性はこういうふうにすれば気持ちよくなるんだ」「性行為はこういうふうにするんだ」「こういうふうに振る舞うのが男らしいんだ」と、知らないところで学習していることになります。その過程で性の価値観と同時に女性観も創られていくと考えると、私自身もたどった道とはいえ恐ろしくなります。
北原:私は1970年生まれなのですが、私の同世代の今50代の男性たちは日本では初めて子どもの頃からAVを見て育っている世代になります。その影響はすごく大きいと感じています。今は当時以上にアダルトコンテンツが増えているので、その影響はより大きくなっていると思います。
斉藤:アダルトコンテンツは有害なのか、トリガーになっているのか、それともコーピングなのかという話は、性暴力界隈においてもよく話題になります。私は加害者臨床に関わってるので、アダルトコンテンツの影響を受けてる人たちがたくさんいることはかれらの話をダイレクトに聞いているのでよく分かっています。ただ、それが直接的な原因なのかの判断は難しいところです。それは、環境的な要因や心理社会的な要因も考えられるからです。なかには、過去に性被害の経験がある人もいます。貧困問題から劣悪な養育環境だったなどの影響もありますので、さまざまな要因が複合的に関連して性加害にいたるということを考えると、そのひとつとしてアダルトコンテンツが存在していることは明白です。特に、子どもへの性加害に関しては、児童ポルノの存在がかなり大きな位置を占めています。
だからこそ、特に暴力的かつ倒錯的なアダルトコンテンツに触れる前に、きちんと自分で情報を選択できる力を性教育のなかで身につけることが必要です。その力を身につけたうえで、取捨選択する、何にアクセスするかを選んでいけるようにするのが現実的に教育でできることだと考えています。ただ、こういう話をすると必ずといっていいほど、表現の自由の問題が絡んできます。
北原:フェミニストのなかにも、表現の自由の観点から守られるべきだと考えている方は多いです。
斉藤:それは、女性をモノのように扱う暴力的な表現もですか?
北原:女性はAV文化にいないので、実際に見たことがないからそう言えるのかもしれませんね。どれだけひどい内容があるかを知らない、その内容が与える影響がどれほど大きいかもわかっていないから、「表現の自由だ」と言えるのかなと思うところもあります。
3:無意識に行う間違った対処行動による影響
斉藤:エビデンスではなく、ファクトとして加害者臨床の現場の話であることを踏まえたうえで、私は未成年で性非行をして少年院や鑑別所に行く少年たちと接見する機会があります。少年事件に関わっていると、最初に触れたアダルトコンテンツの影響を語る少年たちが多いということがわかります。しかも、かなり暴力的かつ倒錯的なコンテンツに、小学生の低学年くらいから触れています。自分のスマホは持っていないけど、親のスマホを使ってアダルトな広告が出てきてクリックしてみたら、すごく倒錯的なサイトに辿り着いてしまった。親にも黙ってそれを見続けていた。彼らからすると平穏な日常にいきなりパッと出てきたもので、レイプシーンがあるものなどはトラウマになるほどの衝撃的な体験となり、視聴後もドキドキが止まらない。何日も頭から離れなかったと語っています。そして、なかにはその行為を模倣して実際に行うケースがあります。
もちろん、フィクションであると理解したうえで見ている人がほとんどですが、出会うタイミング、その時の家庭環境、ストレスに対する脆弱性、知的・発達の課題を抱えて性に過度な執着がある場合など、いろんなことが重なると実際に行動化してしまうこともいます。アダルトコンテンツのすべてをなくすのが無理でも、倒錯的で有害なもの、暴力的なものというのは線引きするべきだと、私は考えています。
北原:日本は特別にポルノ規制が緩いと思います。特に児童ポルノ、制服を着てる女性を性的に消費してはいけないという法律を作ってもいいと考えています。
斉藤:そういうコンテンツは非現実的ではありますが、自尊感情が傷ついていたり、自己肯定感が低下してたり、自己否定的な感情にとらわれていたり、もしくは「死にたい消えたい、いなくなりたい」という心理状態の時にそういう刺激を使って自慰行為をすると、一時的にその人の苦痛が緩和されます。
これが、加害者臨床の現場では「負の強化」と呼んでるのですが、自己否定的な感情にとらわれてる時にアダルトコンテンツの使用かつ自慰行為で、その苦痛を緩和するという脳の訓練を小学生くらいから繰り返している場合、やはり癖付いていきます。それは訓練しようと思ったわけではなく、自然とそういう対処行動が身についてる人たちが強迫的性行動症(セックス依存症)や性加害行動につながっています。
それは誤った対処方法なので、別の方法をきちんと学んで置き換える訓練をしないといけません。ですが、無意識だとしても「自分には性の問題がある」と認めるのは困難なうえ、問題行動を継続するために自己正当化を繰り返すという対処を自分でしてきたので、修正(行動変容)するにはかなり時間がかかります。
北原:斉藤さんのところに来る患者は、実際に性的犯罪を犯した男性たちですが、実際に犯行にいたらなくても、生きてくうえでの性依存、例えば、毎日AVを見ている、妄想が止められないといった、犯罪までではない性依存はどれくらいの割合だと思いますか。
斉藤:その判断は難しいですが、クリニックに来院する9割が加害男性です。性依存症には犯罪になる場合とそうではないパターンがあります。犯罪にはならないというのは、不倫や不特定多数との性行為が社会的損失(離婚・失業・経済的)や体力的損失(性感染症・望まない妊娠と中絶)があっても続けているパターンです。
たとえ犯罪をしていなくてもクリニックに来るということは、ある一定の社会的損失を繰り返していると考えます。それは自分自身の損失もあれば、身体的損失、経済的損失があって、性の問題に向き合わざる得ない状況に追い込まれて来院するわけです。そう考えると、クリニックに来ている時点で診断基準はクリアしていると考えていいケースは多いです。クリニックに行くまでではないという場合は、おそらく本人が困ってないか、周囲は困ってるけど本人が困っていない状況なのではないかと考えます。
北原:これだけ性産業が充実している日本社会は、男性が性依存になる確率を高めているのではないでしょうか。
斉藤:そうですね。日本は男性の性欲に甘い社会ですね。例えば、盗撮や痴漢などの性犯罪の刑事裁判に、加害者の妻が情状証人として出廷することがあります。つまり、家族が本人を今後しっかりと監視監督するという証言のためです。約10年前は、男性の検察官、場合によっては裁判官が、被告人のパートナーに「事件前の性生活はどうでしたか?」と聞いていました。わざわざ裁判で検察官や裁判官が夫婦関係の性生活を聞くということは、「パートナーが夫の性欲のケアをしっかりしていなかったから事件を起こした」というバイアスがかかってるということです。さすがに最近はそういう質問はなくなりましたが、検察官、裁判官、弁護人も含めて性欲原因論が根付いているからそういう質問をするわけです。そもそもセックスレスで性犯罪をするというエビデンスはどこにもありません。
司法の現場に限らず、日本は非常に男性の性欲を寛容に捉えられている仕組みが、もうすでに備わっていると思います。それは、性依存症になりやすい環境が整っているともいえます。社会全体で性依存を否認・隠ぺいしていれば問題として認知されないため、表面化しづらいです。その前提で考えると、性依存症と診断される基準に達してる男性はすごく多いと推察できます。
4:日本の性産業は法規制をするべき状況
北原:お話しを伺っていると、性産業は規制が必要なレベルに達してるのではないかと思います。
斉藤:例えば、ワイドショーなどでは芸能人の不倫をよく取り上げています。そういう時に男性芸人さんが「男はそういうもんなんですよ」「男は性欲をコントロールできない生き物なんですよ」と、女性タレントさんも「男って仕方ないわよね」みたいなやり取りが多いですよね。私は加害者臨床を通して、多くの男性は性欲が暴走して性加害をするのではない事実を知っているからというのもありますが、例えば、会話のなかでもし「斉藤さんは性欲がコントロールできない生き物ですよね」と言われたら、すごく侮辱された気持ちになります。でも、この侮辱的な言説をなぜこれまで男性自身は否定してこなかったのでしょうか。
そこで思ったのは、性的な問題を性欲という生理反応に矮小化して捉えると、自分の行為責任が隠蔽できる、もしくは低減できる。簡潔に言うと煙に巻ける。これは、男性(権力者側)にとってすごく都合のいい価値観です。だから、男性、もしくは権力や決定権を持っている人たちはこの価値観を否定してこなかったんだと気がつきました。
北原:その価値観はいまだにありますよね。
5:性加害は全男性の問題
斉藤:先日、痴漢撲滅プロジェクトをやっている京都女子大学の学生さんに、そのシンポジウムに呼んでいただき講演してきました。その時、「これからこのプロジェクトに期待すること何ですか?」と聞かれたのですが、「痴漢問題は男性問題なので、当事者性のある男性自身がもっと関わることです」と回答しました。
講演会場だった教室を見渡してみたら、9:1で女性でした。でも、法務総合研究所が調査結果を出している通り、性暴力は加害者の99.8%が男性なんです。被害者が男性の場合でも、加害者が男性であることがほとんどだということも踏まえると、性暴力は男性の問題なんです。当事者性を持ってるのは男性側なのに、この問題にその男性が関わろうとしないという現実が、その教室の中でもすでに起きていました。だから、「この状況がまさに社会的な否認を表している」とコメントしました。性暴力の問題にもっと男性が関わっていかないと、社会は変わらないと思います。
北原:例えば、痴漢の場合、「冤罪だ!」と一生懸命になる一方で、性加害者に対しては「あいつは失敗した男」と見放して、男性の問題として捉えることがなかなかないように感じています。どうしたら男性は、これは男性の問題だと理解できるようになるでしょう?
斉藤:私は加害者の話をたくさん聞いてきたので、今はこのような考えを持っています。もし、加害者臨床に関わってなければ、「俺は絶対そんなふうにならない」「あいつらは違う」と思っていた可能性は高いと思います。そう思うのは、職場では従順な労働者、家庭では家事や育児に積極的に関わる男性だということが、加害者の話を聞いてわかっているからです。だから、話を聞きながら、「私と彼はいったい何が違うんだろう」と毎回思うんです。もし、職場で排除される、評価されない、仲間がどんどん去っていく、家庭のなかでも孤立するという状況に追い詰められたら、自分よりも弱い立場の人を支配したり、傷つけたりすることで、パーソナリティや自尊感情を回復させるというパターンは、私も含めすべての男性にあり得ることだと。私はこれを「加害者性」と読んでいます。
成熟した人はその加害者性を自覚して、否定するのではなくきちんと制御しながら、大切な他者との対話を通して生きてる人だと考えています。自分も加害者になる可能性が十分にあるという考えは、加害者臨床をするうえでもすごく大事なテーマです。(後編に続きます)
【プロフィール】
斉藤章佳(さいとうあきよし)
西川口榎本クリニック副院長/精神保健福祉士・社会福祉士。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症治療機関「榎本クリニック」にソーシャルワーカーとして勤務。約20年に渡りアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・児童虐待・DV・窃盗など、さまざまな依存症問題に横断的に携わる。専門は加害者臨床で、現在まで3000人以上の性犯罪者の再犯防止プログラムに携わり、性犯罪加害者の家族支援も含めた包括的な地域トリートメントに関する実践・研究・啓発活動に取り組んでる。著書
に『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)、『「小児性愛」という病 それは、愛─ではない 』(ブックマン社)など、共著に『性的同意は世界を救う:子どもの育ちに関─わる人が考えた6つのこと』(時事通信社)、『性暴力の加害者となった君よ、すぐに許されると思うなかれ』(ブックマン社)などがある。
北原みのり(きたはらみのり)
作家・ラブピースクラブ代表。1996年に日本では初めて女性だけで運営するプレジャー
トイをはじめとした世界中のフェムケアを揃えたセレクトショップ「ラブピースクラブ」
を設立。たくさんの女性の声を届けていくためのシスターフッド出版社「アジュマブック
ス」なども展開する。著書に『アンアンのセックスできれになれた?』(朝日新聞出版)、『メロスのようには走らない。女の友情論』(ベストセラーズ)、『さよなら韓流』、『日本のフェミニズム』、共著に『奥様は愛国』(以上、河出書房新社)などがある。